なぜアカペラをするのか

なぜアカペラをするのか アカペラをなぜ歌うのか、これを考えてみたいと思います。


もし歌を歌いたいという理由であれば、カラオケに行った方が手軽に出来ます。

音楽を奏でたいという理由であれば、楽器を弾くスタイルもあります。
テレビなどのメディアでよく目にするアーティストは、楽器を弾いてバンドをバックに歌うスタイルが頻繁に見られます。

極端に言えばアカペラをわざわざ選ばなくても良いのです。
では何故私たちはアカペラを選ぶのでしょうか。

まず初めに、アカペラの難しさについて確認し、それでもなおアカペラに取り組む理由を考えてみます。

 



①アカペラの難しさ


アカペラは、楽器が不要な分手軽ではありますが、それでも人前で演奏するまでには、多くの困難があります。

1.個人練

グループで練習をする前に、まず個人で自分のパートを練習する必要があります。

1番と2番では同じ部分と異なる部分があって覚えにくい!
ここの音飛びは離れすぎてて難しい。
このリズムパターンは表現しにくい。

など、楽譜を見たり音源を聞いたりしながら、孤独な戦いをする必要があります。


2.グループ練

グループで練習をする際には、自分一人で練習しているときと異なった難しさがあります。

ここの音は他のパートとぶつかっていてとりにくい。
周りとリズムがずれる
メンバーの一人が体調不良でテンションが低い
そもそも個人練してきていない

というように、人間関係や組織運営も難しい要素として加わってきます。

※バンドの『組織力』については以前こちらで述べています。

3.人前での本番

グループでの練習を重ねて、いよいよお客様の前での演奏になったとき、新たな問題がでてきます。

緊張する。
機材に不慣れでうまく自分の声が聞き取れない。
お客さんの反応が想定と異なる。
今まで間違えることのなかったメンバーが急に歌詞を間違える。

 

※アカペラは合唱やオペラとは異なり、J-popのアレンジが多く、声というジャンルでは取り組みやすい音楽形態です。


こんなに、難しい要素が数多くありながら、なぜアカペラをやろうと思うのでしょうか。


②それでもなおアカペラをするのはなぜ



1.できないことができるようになるのが楽しい

人はできないことができるようになることに達成感を感じます。

周りにつられることなく、自身のパートを歌うことができた。
難しいフレーズが表現できるようになった。
出せなかった音が出せるようになった。

こういう喜びがアカペラにはあります。

2.仲間と協力してできるようになるのが楽しい

アカペラをグループで演奏しようとすると、当たり前ですが一人では演奏できません。逆にいえば、協力してこそできることが表現できたときに喜びを感じることができます。

ハモるのが楽しい!
楽譜のイメージ通り演奏できた。
抑揚がぴったりあった。
周りのメンバーの成長を感じた。
周りのメンバーの期待に応えることができた。

などなど、チームプレー独特の幸せ感があります。

3.お客さんによろこんでもらえるのが楽しい

自分たちの演奏を聴いて、元気になってもらえた。
お客さんが感動して涙を流した。
沢山のお客さんの拍手が鳴りやまなかった。

ここまでくると、いつまでも記憶に残る幸せです。

アカペラを楽しんでいる方々は、こんな幸せを感じるために、難しいアカペラに挑むのではないでしょうか。



さて、ここで、もう一歩踏みこんでみます。

ここまでの内容をみると、

個人の目標達成 < チームでの目標達成
チームの目標達成 < お客様と感動を共有


という関係性になりそうです。

つまり、関わる人が多くなるとより幸せを感じるようです。
ではなぜ、周りとの関わりを多く持つほうが大きな幸せを感じられるのか。



③なぜ周りとの関わりが必要なのか



自分一人の成功よりもチームの成功の方が楽しい。
それを多くの方が喜んでくれていたらより楽しい。


というのはなんとなくわかりますが、少し科学的にみてましょう。

人間は、苦労したあとに、目標達成すると、「ドーパミン」という快感物質が分泌され、心地よさを感じるそうです。
とにかく苦しいことを乗り越えれば乗り越えるほど、「ドーパミン」が分泌され、達成感を感じます。

しかし、それとは別に、周りの人と関わったり、親切にしたりすると「オキシトシン」という脳内ホルモンが分泌されるそうです。
これは、「ドーパミン」のような一時的な快感物質とは異なり、幸福感が持続する快感物質だというのです。

もし、両方を分泌させることができれば、より幸せを感じることができるでしょう。

では、アカペラに置き換えると、「ドーパミン」「オキシトシン」の両方が分泌されている状態はどういう状態なのか。

まさに「沢山のお客様と感動を共有している」状態なのではないでしょうか。

だから難しくても、一人だけではなく、チームだけでもなく、「沢山のお客様と感動を共有」しようと一生懸命アカペラをするのでないでしょうか。


ここまでくると、ふと一つの疑問が頭をよぎります。

 



④アカペラじゃなくても良いのでは?



「沢山のお客様と感動を共有」できることは数多くあります。

サッカー・野球・ミュージカル・映画・飲食店・・・・・・

あげだしたらきりがないです。
きっとあらゆることにおいて、「沢山のお客様と感動を共有」することはできるのではないでしょうか。
※そこにはもちろん努力が必要という前提はありますが。

ますますアカペラでなくても良くなってまいりました。



結局、アカペラを行うのは、

アカペラとの出会いがあり、それを行う環境があったから

ではないでしょうか?


もし、はるか昔に生まれていたならば、きっとマンモスを追いかけることに一生懸命であったと思います。

仮にそれであったとしても、より大きなマンモスを倒して、より多くの人にお肉を分け与えて、感動を共有しようとするのではないでしょうか?

平安時代に生まれたとしたら、ひたすら想いにふけって、あはれな和歌を生み出そうとしたのではないでしょうか?



脇道にそれましたが、アカペラをする理由は、きっかけと環境が整っていたからであり、ちょっと言い換えると

「アカペラがそこにあったから」


と言えるのではないでしょうか。

どこかで聞いたことのあるような、腑に落ちにくい答えに行きついてしまいました。

しかし、きっとアカペラをしている方々は、
どこかでアカペラと出会って、そしてアカペラをする環境に恵まれていた
はずです。

アカペラがそこにあることは当たり前ではなく、奇跡です。
そして、アカペラを通じてたくさんの人に感動を共有できれば、きっと共有された側にとってまた奇跡の出会いとなるでしょう。

この奇跡の出会いを起こし続けることができれば本当に素敵なことだと思います。


これは、きっとサッカーや野球でも同じことでしょう。




さて、ここまで書きましたが、
「なぜアカペラをするのか」の問いに対する答えは一つではない
と思います。
論の進め方によるはずです。
例えば、アカペラと楽器演奏を比べた場合、と考えると答えはまた変わってくると思います。

※この場合の答えは、「本人の表現したいものによる」と考えます。こちらについてはまたの機会に。


「なぜアカペラをするのか」
この問いに対する答えとして少しでもヒントになればと思い書かせていただきました。


ただ、
「沢山のお客様と感動を共有」できれば幸せを感じることができる
ということはいえそうなので、やるからにはここを目指していきたいですね。


アカペラで奇跡の出会いがもっと起こり、またアカペラに関わる方がより幸せになれるようアカペラハウスも引き続き精進致します。



2016年07月08日